慢性のこり、痛み

慢性のコリ、痛み・・・

なぜ慢性痛は“治らない”と言われるのか・・

病院に行っても「異常なし」・・・・と言われても、ずっと痛い!

病院でレントゲンを撮っても、MRIでも「骨に異常はありません」。「炎症はありません」。

けれどずっと、痛い。

よく聞く話です。

こうした慢性痛を抱える人たちは、「検査では異常がないのに、なぜ痛みが続くのか?」という悩みにぶつかります。

でも、仕方がないのです。病院は画像や検査でしっかり診断するのが専門だからです。

それは、重病や急性など手術が必要かどうかを診るには必要なことです。

でも、そのレベルではないのがわかったということで、まずは安心ということでヨシとするのがいいでしょう。

慢性的なものに関しては、今の医療では限界があるということです。

“動き”を診る医学が、圧倒的に足りていないのです。

動かない身体は、痛みで知らせてくるという考え方があります。

人間の身体は、あらゆる組織がわずかに動いているのが正常です。
• 背骨は1つひとつが連鎖して滑る

• 内臓は呼吸に合わせて揺れる

• 神経は血流や圧の変化にたわむ

• 筋膜は皮膚と筋肉の間でずれる

これらの“滑走”と呼ばれる微細な動きが、体の各層で保たれていることで、私たちは「快適に動く」ことができています。

逆に言えば――この滑走が失われると、“不快という感覚”が始まるのです。

それが“慢性痛”として表現されているにすぎません。

原因は“痛い場所”にはない、慢性痛の患者さんの多くが勘違いしていることがあります。

「ここが痛いから、ここを治してほしい」

もちろん、その願いは自然なものです。

でも実際には、「痛い場所=原因」であることは、ほとんどありません。

たとえば腰が痛い場合でも、

• 横隔膜の緊張

• 腎臓の下垂

• 腸間膜の滑走不全

• 骨盤内の血流圧迫

などが“犯人”となっているケースは非常に多い。

だから私は、患者さんの訴えよりも、身体全体の滑走と構造の関係性を診ます。

それが、徒手療法の真骨頂です。

なぜ西洋医学はそこに届かないのか?

現代医療は、静的な「構造の異常」を診るには非常に優れています。

骨折、腫瘍、炎症、断裂――これらは画像検査で明確に判断できます。

しかし、「滑走」「動きの質」「構造の関連性」といった“動的な異常”は、画像には映りません。

だから慢性痛は、「原因不明」「ストレス由来」として片付けられる。

けれど、身体は正直です。

動けなくなった場所があれば、必ず“痛み”というサインを出してくる。

それが何年も続いているだけの話です。

治るとは、「滑らかに動ける身体を取り戻す」こと

慢性痛を本当に解消したいなら、“どこが動いていないか”を診る必要があります。

• 皮膚が突っ張っている

• 筋膜の層が滑っていない

• 内臓が左右で動きに差がある

• 呼吸に合わせた膨らみが偏っている

 

これらは、手で診て、手で戻す。

そうやって「動き」を取り戻していくことで、痛みは自然と消えていきます。

最後に──“痛み”は敵ではない

慢性痛は、身体が出してくれているSOSの声です。

無視して薬で抑えるよりも、“なぜそれが起きているのか”を知ってあげること。

それは、自分の身体をもう一度信頼し直す行為だと、私は思っています。

慢性領域の徒手療法は、「痛みを取る」ための手技ではありません。
“本来の滑らかさ”に戻すための医術です。

その先にしか、本当の意味での“治る”は存在しません。